今現在子育て中であるので、自分の幼い頃の記憶はどうしてもついて回るのです
夏休みはまた、子どもと向き合う時間が長くなるし、
ブログを書いていると、自分の中ではスルー出来ない気持ちも溢れてきました
お盆だし、私の父も、大好きだった長男の周辺をきっとウロチョロしているはず。。
そんなことを思いながら、記事にしてみようと思います
重くてごめんなさい
苦手な方はスルーしてくださいね
子育てにおいて、私にもロールモデルはいません
なので、皆さんの記事を読ませていただいた時には、心がぎゅーっと掴まれる想いがしました
1人っ子の私は
子どもを自分の思い通りに動かしたいだけの母と
周囲にあまり関心がないように見える無口な父に育てられました
母と意見が合わなければ、話もしてもらえず、否定されるだけ
うちっておかしいのかな?と思いながらも、でも、狭い世界でしか生きていない私は
狭い世界の中で生きていくことに必死で、嫌われたくなくて、捨てられたくなくて、
そんな風に過ごしていたと思う
辛かったことはたくさんあったけれど
その中でも、思春期の私に衝撃的な事件のようなことが起こった
中学の頃、家で話をしたくない私は日記を書くことが趣味だった
友だち関係の悩みも
嬉しかったことも
悲しかったことも
全部書いていた
その存在を知った母は、私の日記を読み、
『男の子に言い寄られている』とか、『いじめられてる』とか、すべてを勘違いし、
日記をすべてコピーし、それを持って何件かのお宅に怒鳴り込んで行ったのだ
(もちろん、すべてが誤解だし、今だったら通報案件だと思う。)
悲しくて、情けなくて
本当に情けなくて
でも、『それの何が悪いの?』という母に返す言葉もなかった
(中学の卒業式の日、私は泣きながらそのお母さんたちに謝った、うちの母がすみません、すみませんと言うことしか出来なかったけれど)
ただ、子どもにとって
親は親なのだ
おかしいと思う気持ちを、少しずつ美化して
自分の気持ちを塗り替えていく
そして、何の感情も持たず、母が荒れないように生きることしか私は出来なくなっていた
でも、パッと光が射したように目がはっきりと覚めたのは
長男が生まれてからだ
こんなに可愛くて大切で、守らなくてはいけない存在が誕生したことで、私は自分の気持ちで、決断していく……という、恥ずかしいくらいに当たり前のことを、行動に移していくことになります
(長くなってしまいましたー💦、
次回に続きます)